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今、葬儀を想う

私は、現在まで45年間、葬儀にかかわり続けてきました。職歴はデパートの外商、そして葬祭業だけです。葬祭業に就いた頃(昭和40年代)を思い出しますと、まだ一部の地域で、野辺送りの葬儀が執り行われていました。自宅・寺・公民館で行う葬儀が中心で、祭壇も白木祭壇が最も多い時代でもありました。

 

また、ご家庭の不幸ごとはお互いさまで、地域・隣組の方々がお悔やみに参り相談して、家の方に代わって行う「地域葬」が主流でありました。さらに、家の方は構うことなく地域の方々が葬儀を執り行うという形なので、あまり要望や想いは差し控えるという面が強かったように思います。地域のしきたりや葬儀の費用・食事等に関してもお任せするという状況でした。

 

昭和50年代になると、白木祭壇の両サイドに白菊をスロープのように飾る祭壇、また、右横に庭祭壇、そして青竹の祭壇をさせていただくことも多く、葬儀の形態も変化してきました。

 

私たちの地域では浄土真宗が多く、自宅・公民館等のお飾りは自宅の場合、仏壇をお開きし、仏壇前は寺席で仏壇をいかして飾り付けをしてきました。

 

六字名号は座って拝めるように、まつることが大切でした。飾りつけも四間取りの家が多く幕張りをし、畳の上は白の木綿張りを全面貼っていました。飾りつけは手間もかかり、時間もかかり大変でした。準備が多いため、ある程度飾り付けが出来た時には、祭壇・幕・生花関係・マイク・玄関・受付と順にチェックをし、もれ落ちがないかの確認が非常に大切でしたし、葬儀はやり直しができないため、特にその確認を入念にする強い想いが必要です。

 

平成に入りますと公営式場もでき、自宅・公民館で行ってきた式は次第に公営式場で行われることが増えました。また、寺で行われる式は規模の大きい式が多かったように思います。祭壇もこの時期から、白菊の花祭壇・薩摩杉を使った薩摩祭壇・門前庭飾りという装飾の要望もありました。

 

平成10年~15年くらいにかけて民間のホールも建設され、ホール葬をされる方が多くなってきました。以前とは違い、幕張りもなく飾りつけの道具も少なくなったので、少人数でも大変早く準備ができるようになりました。

 

現在は、ホール葬が多くなり、寺・自宅・公民館で行われる式が少なくなっています。時代の変化とともに、さまざまと変わってきた事や物はありますが、私たちが遺族に代わって仏様の弔いをお手伝いさせて頂くという葬儀の使命は変わることはありません。葬儀はイベントでもなく、近年では値段でプラン化、またネット葬もありますが、この仕事はやはり、やり直しがきかないのです。

 

小さな葬儀でも大規模な葬儀でも引き出しをたくさん持ち合わせて、「よき提案をしてよい葬儀をさせて頂くという姿勢」をもつ葬儀社の社員が多くなることを、私は常々強く望んでいます。

 

そして、その姿勢こそが、日本の儀礼文化の継承に寄与し、故人を送る際に命の大切さ・人間として生まれさせて頂いたことへの感謝・人間として生まれてきて良かったと幸せを感じることにつながると信じています。

  • 更新日時:2019年02月8日|カテゴリー:ブログ
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