第1回 「死別の辛さを学ぶ」
仕事柄、生と死にかかわる本をよく読みます。先日、奥様を亡くした作家の城山三郎さんの本「そうかもう君はいないのか」(新潮文庫)を読んでいると、娘さんが奥様亡き後の城山さんを描写しておりました。
そこには以下のように書かれています。
それからは、父の日常から赤ワインが手放せなくなった。眠れず、食べられぬ日々。大げさなようだが、赤ワインのみで命を繋ぎとめていたような状態。血のみならず肉体すべてが赤く染まりそうなほどに。(中略)
家族も本人さえも想像つかぬほどの心の穴(中略)
母が突然倒れて入院してからというものの、父は帰るどころか、よほどのことがないかぎり寄り付かなくなってしまった自宅。
日本を代表する小説家である城山三郎さんが、奥様の死後、酒で命を繋ぎ留め、自宅に寄り付かない状況になっていただことに驚きを感じた記憶があります。
その後、国立がんセンター名誉総長である垣添忠生先生が、がんで亡くなられた奥様との関係を綴った「妻を看取る日」(新潮社)を読んでみると、「医者の不養生と言われても仕方がない。妻を亡くした私の支えになったのは酒だった」、「陰陰滅滅とした酒はよくないとわかっていても、やめれなかった。毎晩、一人で相当な量を飲んだ肝臓を壊さなかったのが不思議なくらいである。」と酒に頼らざるを得なかった日々のことを記しています。長年、がん患者さんとその死に携わり、我が国のがん医療の発展に貢献してきた先生が奥様の死後しばらくの間、酒を支えにしていたことに驚きました。
お二人とも日本を代表する作家、がん治療医で、その分野の帯にオンリーダーですが、死別後は酒浸りにならざるを得なかったようです。しかし、これは二人の気持ちが弱いのではありません。死別という現象がいかに辛いものかを示しているのです。
調査によりますと、死別、特に配偶者との死別は日常生活で受けるストレスの第一位です。城山さんの娘さんが言うように決別によって「家族も本人さえも想像つかぬほどの心の穴。」が遺族の心にできてしまうのです。
心にできたアナは深く大きいので、ここから抜け出すには周囲の援助が欠かせません。しかし、心の穴は大きいので慎重にかかわることが必要です。
愛する人が亡くなったという事実を変えることはできません。ですから、心にできた穴を援助で元通りにすることはできませんんが、少しずつなら小さくすることは可能です。小さくする作業は何も特別なことではありません。少しの心がけと優しさがあれば十分にできます。
埼玉医科大学国際医療センター精神腫瘍科 大西秀樹
- 更新日時:2018年02月14日|カテゴリー:遺族ケアの現場から