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連載:仏教と葬送を考える──亡くなった家族はどこにいる?

死んだ人がいく場所

 私が代表をつとめる株式会社寺院デザインでは、一昨年の令和3年8月に、供養や仏事に関する意識調査を行った(40歳以上の男女400人/インターネットによるアンケート調査)。
 調査は主に、コロナ禍における葬送意識についてと、日本人の死生観についての2分野についてのものである。
 このうち日本人の死生観についての設問のひとつに、
「亡くなった家族は、どこにいると思いますか?(複数回答可)」
というものがある。

 この設問に対しては、
〈どこかに生まれ変わっている〉
〈あの世にいる〉
〈浄土にいる〉
〈天国(キリスト教の)にいる〉
〈天国(特定の宗教でない)にいる〉
〈この世界のどこかにいる〉
〈山の向こう、草場の陰などにいる〉
〈お墓にいる〉
〈仏壇にいる〉
〈死んだらすべて無くなるので、どこにもいない〉
〈その他〉
の選択肢を用意した。

 このうち、もっとも回答の多かったのは、
〈あの世にいる〉の35.0%である。
次いで、
〈浄土にいる〉の29.3%、
〈死んだらすべて無くなるので、どこにもいない〉の24.5%だった。
 特に回答の多かったのは、この3つである。
 日本人にとって死者のいる場所が、〈あの世〉であり、〈浄土〉であるということを、この調査は示している。

あの世か浄土か?

 日本消費者協会などの調査によると、日本では、人が死ぬと、約9割の人が仏教で葬儀をあげている。
 大部分の仏教宗派では、人は死んだら浄土に行くことになっているので、〈浄土〉と答える人がもっと多くてもいいと思うが、実際には3割を切っている。〈あの世〉にいると考えている人のほうが、〈浄土〉よりも多い。
 〈あの世〉という言葉は曖昧な言葉で、仏教の浄土やキリスト教の天国も含まれるが、実際に〈あの世〉という言葉を使う人の中で、そうした特定の宗教の〈あの世〉をイメージする人は少ない。〈あの世〉という言葉があらわす世界は、決してお経に書いてあるような荘厳な浄土や、キリスト教のように神の祝福を受ける天国ではないのである。

死者はあらゆるところにいる?

 そして日本人にとっての〈あの世〉には、明確な場所を示していないことが一般的である。
 実は日本語の〈あの世〉は、決まった場所でなく、その言葉を使う人が使った時にイメージする場所が〈あの世〉なのである。
 それは、この世とは異なるどこか別の世界であり(浄土でも、天国でもない)、この世のどこかであり、山の向こうであり、空であり、草場の陰であり、私たちの身のまわりである。また仏壇の中であり、お墓の中でもある。
 こうした全てを包含している言葉が〈あの世〉なのである。
 そして同じ人が、ある時は遠い場所に死者がいると感じ、ある時は身近に死者がいると感じ、ある時はお墓や仏壇に死者がいると感じる。死者は、どこか1カ所では無く、あらゆるところにいる、それが日本人にとっての〈あの世〉なのだと言える。
 また、〈浄土〉という言葉を使う人の大部分も、お経に書いてあるような荘厳な世界観のことを知っているわけではない。何となく「仏教で葬式をやったから浄土なのかな」くらいの感覚の人が多いと思われる。
 言葉の上では仏教の言葉であるが、実際は仏教的な定義から大きく外れた、日本人的な〈あの世〉のことなのである。

死んだらすべて無くなる?

 その一方で、〈死んだらすべて無くなるので、どこにもいない〉が24.5%いることも忘れてはならないだろう。
 死んだら霊魂となって〈あの世〉や〈浄土〉に行くという考え方は、実に非科学的である。現代人は、科学的な考え方を学んでいるため、〈死んだらすべて無くなる〉と答えるほうが自然とも言える。
 しかし〈死んだらすべて無くなる〉と考えている人も、墓参りをするし、お墓に行けば、手を合わせて、死者に思いを寄せる。〈死んだらすべて無くなる〉と考えていても、お墓に行けば、死んでも存在する人格的な何かを感じているのではないだろうか。
 頭では〈すべて無くなる〉と思っていても、感覚的には、何かしらが存在していると感じている人が多いのである。

死者はあの世で安らかに暮らしている

 そして日本人の多くは、死者は〈あの世〉で“安らか”に暮らしていると考えている。どんな死に方をしても、私たちが手をあわせることで、死者は〈あの世〉で“安らか”になることができると信じている。
 この死生観は、私たち遺された人にも、安らかな心をもたらしてくれる。死者が安らかになると信じることができるからこそ、私たちも安らかでいられるのである。
 伝統的な宗教の立場から見れば、迷信的な死生観なのかもしれない。しかし理念的で無く、感覚的であるからこそ、この死生観は根強い。そしてこの死生観が、私たち日本人が死と向き合う上で、とても大切な役割を果たしていることも忘れてはならないと思う。

薄井 秀夫

薄井 秀夫(うすい ひでお)

プロフィール
昭和41年、群馬県生まれ。東北大学文学部(宗教学)卒業。
中外日報社等を経て、平成19年に株式会社寺院デザインを設立。
お寺のコンサルティング会社である寺院デザインでは、お寺の運営コンサルティング、運営相談を始め、永代供養墓の運営コンサルティング、お寺のエンディングサポート(生前契約、後見、身元引受等)、お寺のメディアのサポートなどを行っている。
葬式仏教や終活といった視点でお寺を再評価し、これからのお寺のあり方について提言していくため、現代社会と仏教に関心の高い僧侶らとともに「葬式仏教価値向上委員会」を組織して、寺院のあり方について議論を続けている。
また、お寺がおひとり様の弔いを支援する「弔い委任」を支援する日本弔い委任協会の代表も務めている。

  • 更新日時:2023年01月26日|カテゴリー:ブログ
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