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連載:葬送と仏教を考える──宗派という不思議な存在

うちの宗派は何だっけ?

 日本の仏教には宗派というものがあります。
 曹洞宗や浄土真宗といった、それぞれ教えや本山を別にしている仏教の団体のことであります。そしてほとんどのお寺は、どこかの宗派に属し、その檀家もどこかの宗派に属しています。
 ただほとんどの人は普段、宗派を意識することはありません。
 宗派を意識するのは、家族の誰かが亡くなり、葬儀をしなければならなくなった時です。葬儀社に葬儀を依頼すると、「宗派はどちらですか? 菩提寺はありますか?」と聞かれ、その時初めて宗派のことを思い出すのです。
 しかも、それを聞かれて、「あれっ。うちの宗派なんだっけ」という人もいます。
 それほどまでに日本人は、宗派を意識していないのです。

宗派の歴史

 日本に仏教が伝来したのは、飛鳥時代ですが、当時は宗派というものはありませんでした。
 初めて宗派が生まれたのは奈良時代ですが、当時の宗派は、現在のものと異なり、その区別は曖昧なものでした。それぞれ異なる教えを持ちますが、それは対立するものでなく、複数の教えに帰依する僧侶も少なくありませんでした。
 現在につらなる宗派が生まれたのは、平安時代、鎌倉時代です。
 平安時代には、最澄という僧侶が新たな解釈での教えを広め天台宗を開きます。ほぼ同時期に空海という僧侶が、やはり新たな解釈での教えを広め真言宗を開きます。
 鎌倉時代になると、法然が浄土宗、親鸞が浄土真宗、道元が曹洞宗、日蓮が日蓮宗を開きます。
 僧侶は宗派ごとの教えを守り、宗派ごとに集まって活動するようになります。ところが庶民のレベルでは、未だ仏教が広まったとは言いがたく、仏教が葬儀を行うこともありませんでした。
 庶民に仏教が広がるのは室町時代です。室町時代に仏教が葬送に携わるようになると、爆発的に仏教が広まり、全国津々浦々にお寺が建立されるようになります。
 それでも宗派は、現在のような厳密なものではありませんでした。
 当時は、住職が死んで、次の住職を迎える時、別の宗派の僧侶が来るということが少なくありませんでした。ちゃんと村人の葬送をしてくれるのであれば、宗派は何でもよかったのです。
 こうした状況が一変するのは江戸時代です。
 江戸時代、すべてのお寺、すべての宗派が幕府の管理下におかれるようになります。
 すべての日本人がどこかのお寺の檀家になり、すべてのお寺がどこかの宗派に属し、宗派は幕府に管理されるということです。そして庶民にも、お寺にも、宗派を変える自由はありませんでした。すべての日本人、すべてのお寺の宗派が固定化されたということです。宗派を変える自由が失われたともいえます。
 この制度は、明治維新になると廃止されますが、宗派のあり方は、その後も続くようになります。
 宗派を移ることは自由になったはずですが、実際に宗派を移る人はほとんどいません。そもそも教えに興味が無いので、宗派はどこでもよかったのです。
 こうした時代の移り変わりを通して共通しているのは、教えに帰依しているのは、知識レベルの高い一部の人たちだけだということです。一般の人々が帰依していたのは、教えでは無く、自分の家族を無事あの世に送ってくれる信仰だということです。

家の宗派での葬儀を行う

 そして現代でもその状況は変わりません。葬儀を行う時に、ほとんどの人は、自分の家が属していた宗派を選択します。
 もちろん長男で家を継いでいる人が、家の宗派を選ぶのは自然だと思います。ところが、次男などで、家を継いでいるわけではなく、本来、どの宗派を選んでも問題無いはずの人も、実家の宗派を選択する人が大多数です。
 これにはいくつかの理由があると思います。
 もっとも多いのは、「そういうものだから」という慣習的なものです。別にどこの宗派でも構わないけど、馴染みがあるから、という人もいるでしょう。葬儀社に、実家の宗派を聞かれて、葬儀社のアドバイスに従って、「よくわからないけど、そういうものか」と受けとめる人もいます。
 そして、うちの宗派の教えがすばらしいから、という人は、ほとんどいないと思います。
 一方、中には、宗派を変える人もいます。
 それは、多くの場合、生前にお墓を購入した場合です。
 お墓を買うときに、場所や景観が気に入って選ぼうとしたが、宗派が異なるので、そこの住職に相談したところ、従前の宗派はどこであっても受け入れますよ、と言われたので、異なる宗派のお墓を買ったということは少なくありません。そうした人が亡くなると、もともとの家の宗派とは異なる宗派で葬儀を行うことになります。
 そしてこの場合もやはり、教えがすばらしいから、という人は、ほとんどいないのです。
 また現代には、仏教の教えをよく勉強して、「親鸞の教えはすばらしい」「道元の教えはすばらしい」という人もいます。面白いのは、そうした人が、お葬式を浄土真宗や曹洞宗で行うかというと、それは別なのです。いくら親鸞の教えがすばらしいと思っていても、お葬式は他の宗派ということのほうが多いと思います。

複数の宗派を抱えるということ

 中には、複数の宗派を抱えなければならないというケースもあります。
 例えば、ひとりっ子同士が結婚し、両方の家がそれぞれ別の宗派だったといったケースがそれです。
 多くの場合、夫の家の宗派を引き継ぐことになりますが、既に亡くなった家族の位牌や仏壇、お墓の問題が出てきます。
 日本の仏教には、戒名というものがあり、それぞれ、宗派ごとに異なっています。そしてその戒名は、位牌に彫られ、仏壇に納められます。そして仏壇も、宗派によって異なる本尊が納められています。
 そうすると、二つの家の宗派が異なった場合、その二つの家の位牌を同じ仏壇に納めていいのか、という問題が生まれてきます。
 厳密に言えば、異なる本尊のもとに、異なる戒名の位牌が納めることはできません。実際に、ひとつの家で二つの仏壇を置き続けている家というのも存在します。
 ただ現実的には、お寺のアドバイスなどにより、どちらかの家の仏壇をひとつだけ残し、他の宗派の戒名が書かれた位牌も納めるというケースが多いと思います。お寺によって、その対応は異なりますが、ここを厳密に考えている人は少ないようです。

不思議な宗派へのこだわり

 宗派も、宗派の教えも、とても大切なものです。
 もちろん、我々生活者にとっては、日々の生活で思い出すことはほとんどないでしょう。葬儀の時に「うちは曹洞宗です」となっても、曹洞宗の教えについて何も知らないでしょうし、本山の名前を言えない人すらいます。
 それでも、日本人は、なぜか宗派にこだわる人が少なくありません。
 教えに関心が無いのに、ここまで宗派に存在感があるのは、不思議でもあります。
 もしかしたら「うちは曹洞宗です」ということは、「うちは福岡県出身です」「うちは栃木県出身です」というくらいの感覚なのでしょうか。
 おそらく今後も、宗派が無くなることはないと思います。それだけ、宗派というものは、日本の社会に根付いているのだと言えるでしょう。

薄井秀夫

薄井 秀夫(うすい ひでお)

プロフィール
昭和41年、群馬県生まれ。東北大学文学部(宗教学)卒業。
中外日報社等を経て、平成19年に株式会社寺院デザインを設立。
お寺のコンサルティング会社である寺院デザインでは、お寺の運営コンサルティング、運営相談を始め、永代供養墓の運営コンサルティング、お寺のエンディングサポート(生前契約、後見、身元引受等)、お寺のメディアのサポートなどを行っている。
葬式仏教や終活といった視点でお寺を再評価し、これからのお寺のあり方について提言していくため、現代社会と仏教に関心の高い僧侶らとともに「葬式仏教価値向上委員会」を組織して、寺院のあり方について議論を続けている。
また、お寺がおひとり様の弔いを支援する「弔い委任」を支援する日本弔い委任協会の代表も務めている。

  • 更新日時:2022年10月28日|カテゴリー:ブログ
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