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連載:仏教と葬送を考える ──檀家にとって檀家制度はどんな意味があるのか

信仰から見た檀家制度
 
 近年、檀家制度は、世間的に評判があまり良くなく、仏教界でも檀家制度からの脱却を語る僧侶は少なくありません。
 そこで、まずは檀家制度とは何なのか、について考えて見たいと思います。
 ただ檀家制度は現在、変化しているまっただ中であるので、まずここではひと昔前、時代的には昭和から平成の初め頃までの、典型的な檀家制度の性格について整理します。
 特に信仰と社会関係の両面から檀家制度を見てみたいと思います。
 信仰の側面でもっとも重要なのは、檀家とお寺は「供養」という信仰でつながっているということです。家族の誰かが死ねば葬儀を行い、その後も年忌法要を続けます。また多くの場合、お寺の境内にお墓があります。
 一方「教え」に対しては、檀家はあまり興味が無いようです。お寺側は「教え」を説こうとしますが、檀家はそれをありがたいとは思うものの、中身についてはほとんど記憶していないことがほとんどです。釈迦の教えにも、宗祖の教えにも興味が無いし、宗祖が誰であるか、本山が何という名前の寺であるかですら知らない人が多いのです。
 ただ、それぞれの宗派への親しみが無いわけではありません。それゆえ、親鸞や道元の名前を知らなくても、「うちは、○○宗」ということにこだわる人は少なくありません。
 ただそれは、信仰というより、慣習と言ったほうがいいかもしれません。宗派という感覚は信仰の力で存続しているのでは無く、あくまでも慣習の力によるところが大きいのです。
 
社会関係としての檀家制度
 
 次いで社会関係としての檀家制度であります。
 旧来の檀家制度の最大の特徴は、お寺は檀家の供養に関わる宗教行為を専属的に行うことができるということです。葬儀や法事は、他の寺院が行うことができないということです。
 この専属関係の根拠は、歴史的には江戸時代の寺請制度です。しかしそれ以上に大きな影響を与えていたのが、ムラ社会とも言われる地域社会の決まり事です。決まり事というより、不文律と言った方がいいかもしれません。檀家を辞めるというのは、地域社会の秩序を壊すことになるのです。
 そのためもともと檀家制度には、檀家を辞める、ということが想定されていません。それは地域社会では許されないことなのです。
 また、お布施の金額等も、地域社会の秩序の中で決められてきました。
 お布施の金額は、みな施主の「気持ち」で決めてきたはずだと考えている人もいるかもしれません。
 しかし現実は、施主が自分の思いのままで金額を決めていたわけではありません。その地域社会の秩序の中で、お布施の目安が決められ、施主は自身のポジションにあわせて決めていたに過ぎないのです。
 つまり、供養を専属的に行う、檀家を辞めることはできない、お布施の金額は施主の気持ちで決める、といった、檀家制度の特徴は、すべて地域社会が前提にあるのです。
 しかしもはや、檀家制度を支えるほど、地域社会は機能していません。檀家制度に綻びが見えているのは、そこに原因があるのです。
 
スポンサーなのに地位の低い檀家
 
 檀家という言葉は、檀那、つまり元々は支援者、スポンサーという意味です。つまり、スポンサーであるのにもかかわらず、菩提寺から様々な制限を受けていることになります。
 お寺側は、檀家が菩提寺で葬儀を行うのが「当たり前」だと思っているし、そうしなかたったら、ほとんどの住職は不快感を示すだろうと思います。檀家側は、疑問を感じながらも、揉めないように気を遣うことになります。
 ただ、こうした「当たり前」は、少しずつ通じなくなっています。だんだんとこのアンバランスな関係性に疑問を持つ人が増えていますし、お寺側も説得力のある説明を持っていません。
 それでも、地域共同体がしっかりしていた時代は、檀家制度のメリットもありました。住職と檀家がお互いのことをよく知っていたので、葬儀や法事を頼みやすいし、顔見知りゆえの心のこもった供養もしてもらえました。
 また、お布施をいくら包むかについて、「お気持ちで」と言われても、地域共同体の調整機能が働き、お互いが納得いく金額を包むことが可能でした。
 しかし今では、住職と檀家の関係性も薄くなり、戒名をつけるにしても、ほとんどの場合、遺族から聞き取りをしないと、故人の人生を知ることができない状況です。またお布施については、共同体の調整機能は全く働かなくなり、「お気持ちで」という言葉が、檀家に大きなストレスを与えるようになっています。
 以前は檀家になっていることのメリットもあったのかもしれませんが、現代では、それを見いだすことが難しくなっているのです。
 
檀家としての制約だけが残っている
 
 もちろん、檀家組織も、少しずつ変化しています。特に都市部では、こうした現実が、十年以上前から顕在化しているため、お布施の金額(目安)を伝える、寄付を強請しない、などが一般的になりつつあります。
 ただそれでも、檀家は菩提寺以外に葬儀を依頼してはならない、檀家を簡単には辞めることが出来ない(辞めづらい)、という制約については、根強く残っています。
 前述の通り、この制約も、地域共同体が前提となって成り立っているものです。共同体が無くなっているのに制約だけが残っているというのが今の状況なのです。
 この状況が続けば続くほど、お寺の印象は悪くなっていきます。過剰な制約を強いてきた結果、お寺への気持ちが離れていったということです。
 私はむしろ、「うちのお寺は、事情があるなら、檀家を辞めるのも自由ですよ」と、はっきりと表明するお寺が出てきてもいいんじゃないかと思っています。
 当然、それによって檀家を辞める家は出てくると思います。しかし、その家は、遅かれ早かれ辞める家です。
 それよりも、そう言葉にして伝えることで、安心してもらえ、お寺の印象が良くなり、その結果、檀家であることを継続する家も増えるんじゃ無いかと思います。
 当たり前のことですが、不満が無ければ、檀家を辞めようとは思いません(遠方に住んでいるなど、事情を抱える人は別であるが)。そのためにも、お寺は、もっと檀家の気持ちを知る努力をすべきだと思うのです。
 
薄井秀夫
 
薄井 秀夫(うすい ひでお)
プロフィール
昭和41年、群馬県生まれ。東北大学文学部(宗教学)卒業。
中外日報社等を経て、平成19年に株式会社寺院デザインを設立。
お寺のコンサルティング会社である寺院デザインでは、お寺の運営コンサルティング、運営相談を始め、永代供養墓の運営コンサルティング、お寺のエンディングサポート(生前契約、後見、身元引受等)、お寺のメディアのサポートなどを行っている。
葬式仏教や終活といった視点でお寺を再評価し、これからのお寺のあり方について提言していくため、現代社会と仏教に関心の高い僧侶らとともに「葬式仏教価値向上委員会」を組織して、寺院のあり方について議論を続けている。
また、お寺がおひとり様の弔いを支援する「弔い委任」を支援する日本弔い委任協会の代表も務めている。

  • 更新日時:2022年07月1日|カテゴリー:ブログ
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