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お盆が語る日本人の信仰世界

死者が帰ってくる季節
 
 お盆は、国民的行事である。
 企業もお盆にあわせて、夏期休暇の日程を定めているし、休暇中、実家に帰る人も多い。そして実家に帰れば、仏壇やお墓にお参りをする。
 今でも、お盆の入り(地方によって異なるが、8月13日が多い)に、麻がらを燃やして迎え火を焚き、死者を迎えるという家は少なくない。お盆が近くなると、スーパーマーケットや花屋で、麻がらや藁製の馬や牛などが、お盆セットとして売られているのも季節の風物詩である。
 お盆には、亡くなった家族や先祖が、家に帰ってくるのである。家々では、帰ってくる死者のために、様々なおもてなしをすることになる。
 麻がらを焚くのは、家を見つけてもらうための目印であるし、藁製の馬、あるいはキュウリでつくった馬を飾るのは、急いで家に帰ってもらうためであるし、藁製の牛、ナスでつくった牛を飾るのは、ゆっくりあの世に帰ってもらうためである。
 こうした世界観を象徴するものが、スーパーマーケットで売られているのも、日本らしくて面白い。
 お盆には死者が帰ってくる、この物語が、お盆という行事を成り立たせているのである。
 
目蓮さんの物語
 
 ところが、仏教では、こうした世界観の説明はなされない。僧侶がお盆について話すとき、これとは全く異なる説明がなされることになる。
 仏教による説明では、盂蘭盆経というお経があり、そのお経に書かれている物語が、お盆の起源であるということになる。
 
 お釈迦さまの弟子である目蓮さんが、ある時、死んだ母親がどうしているか気になり、神通力で母親を探したところ、餓鬼道(地獄のようなところ)で苦しんでいる母親を見つけた。
 目蓮さんは、神通力で餓鬼道の母親に食べ物を送るが、母親が口にしようとすると燃えてしまい、食べることとができない。目蓮さんは困ってしまい、お釈迦さまに助けを求めるのである。
 お釈迦さまは、それなら修行している僧侶にお布施をすれば、その功徳で母親を救うことができると目蓮さんに伝える。
 目蓮さんは早速、お釈迦さまの言葉のとおり僧侶らにお布施をする。そしてその功徳によって、食べ物を送ることができ、母親は飢えから救われるのである。

 盂蘭盆経には、こうした物語が書かれていて、あの世で苦しんでいる死者を救う行事であるというのが、仏教の考えるお盆である。
 お盆に法要を行っているお寺では、法話でこの目蓮さんの物語を話すことが多い。
 ところがこの盂蘭盆経、檀家にとっては、どうもしっくりこないと感じる人が多い。
 なにせ、死んだ家族が餓鬼道に落ちているのが前提の物語である。これをあまりこころよく思わない人もいる。
 そもそも、こうした法話は聞いてしばらくは憶えていても、一年後お盆を迎える時には忘れてしまっていることが多い。つまり、あまり印象がないのである。
 一般の人にとってのお盆は、あくまでも死者が帰ってくる期間のことなのだ。
 つまり、お寺で説明されるお盆と、一般の人が考えるお盆では、全く異なる物語が前提にあると言うことである。
 
ズレが信仰世界を豊かにする
 
 このズレは、日本の仏教のあり方を象徴的に示している。
 日本の仏教は、釈迦や祖師方が説いた教えを元にした宗教であるという理念と、先祖供養が活動の中心であるという現実のズレである。
 ズレと言うと人聞きが悪いが、このズレが、日本の仏教の信仰世界を豊かなものにしてきたという面もある。
 特に仏教の場合、他の宗教に比べても、教えが哲学的かつ組織的である。このことは、宗教としての深さを表しているが、一般信者を遠ざける原因にもなっている。
 その一方で仏教には、先祖供養にもとづいた生活密着の信仰がある。教えとはかみ合っていない部分もあるが、それは一般信者にとってたいした問題ではない。死者供養を通じて、死者も自分たちも安らかであればいいのである。
 死者が帰ってくるお盆は、理屈では説明できない感性的な行事である。生活の延長線にある行事であり、その物語には人を導くような教訓は含まれない。死者との交流が語られるだけである。
 一方、盂蘭盆経が説くお盆の物語は、人を導くための話が柱となっている。お盆で供養をする意味づけが、理論的に語られている。
 おそらく、一般的な檀信徒は、死者が帰ってくるお盆が身体に染みついていて、それ以外の意味づけがあるとは想像だにしない。そうした檀信徒がお寺で目蓮の物語を聞いても、自分の知っているお盆の意味づけと相容れない物語だとは感じないのである。
 お盆はあくまでも死者の帰ってくる行事であり、僧侶から目蓮の物語を聞いてもそれは「ありがたいお話」に過ぎない。「ありがたいお話」ではあるが、それに基づいて行動するという発想は生まれない。
 このことを、残念なことだと思う人もいるかもしれない。しかし、この曖昧さが、日本人の豊かな信仰世界を育んできたのも事実である。
 お盆は、死者と交流できるひとときであり、死者と生者がお互いを想い合う祈りの行事である。私たちは、この美しくも優しい行事を、今後も大切にしたいものである。
 
薄井秀夫
 
薄井 秀夫(うすい ひでお)
プロフィール
昭和41年、群馬県生まれ。東北大学文学部(宗教学)卒業。
中外日報社等を経て、平成19年に株式会社寺院デザインを設立。
お寺のコンサルティング会社である寺院デザインでは、お寺の運営コンサルティング、運営相談を始め、永代供養墓の運営コンサルティング、お寺のエンディングサポート(生前契約、後見、身元引受等)、お寺のメディアのサポートなどを行っている。
葬式仏教や終活といった視点でお寺を再評価し、これからのお寺のあり方について提言していくため、現代社会と仏教に関心の高い僧侶らとともに「葬式仏教価値向上委員会」を組織して、寺院のあり方について議論を続けている。
また、お寺がおひとり様の弔いを支援する「弔い委任」を支援する日本弔い委任協会の代表も務めている。

  • 更新日時:2022年07月29日|カテゴリー:ブログ
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