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連載:仏教と葬送を考える ──「なんとなく」の仏教徒の宗教世界

葬式仏教こそが日本の仏教

 日本人のほとんどは仏教徒ですが、その大部分は、仏教徒であるとの自覚の無い「なんとなく」の仏教徒であることは、この連載の「仏教と葬送を考える–葬式仏教の再発見③「なんとなく」の仏教徒」で述べました。
 しかし「なんとなく」の仏教徒のすごいところは、たいして仏教徒の自覚が無いにもかかわらず、誰に教わったわけでもなく、自然に仏壇やお墓に手を合わせ、死者を大切にしていることです。
 そうした仏教のあり方は、「葬式仏教」とも言われます。どちらかと言うと「葬式仏教」は、インテリ層などから、本来の仏教とは違うといった理由で批判されがちですが、実は「葬式仏教」もとてもすばらしい宗教であることも、この連載「仏教と葬送を考える–葬式仏教の再発見①「死者の安らぎを祈る日本人」」で述べました。
 そこで今回は、その葬式仏教は、どんな死生観、どんな宗教世界を持っているかについて考えてみます。

あたりまえに受け入れてきた死者の霊

 葬式仏教の最も特徴的な考え方は、死者の霊という存在です。荒唐無稽なことを言っていると感じる人もいるかもしれませんが、ほとんどの日本人は、意識的、無意識的に、死者の霊を意識しているはずです。
 霊にあたる事柄には、いくつもの呼び名があります。霊魂、魂、精霊、魂魄、亡霊、御霊、死霊、幽霊が代表的なものであります。わかりやすく言えば、〈死んだ後も存在している人格的な何か〉ということになります。
 葬式仏教は、この霊の存在無しには成り立たない宗教です。葬儀にしろ、お墓にしろ、仏壇にしろ、みな霊の存在が前提になっています。
 例えば、仏壇に手を合わせる時、お墓にお参りをする時、人は必ずそこに、〈死んだ後も存在している人格的な何か〉をイメージしているはずです。
 霊という言葉を使うと、なんだか怪しい話なんじゃないかと疑う人もいるでしょう。霊感商法を想像する人もいるでしょうし、中には非科学的でバカバカしい人もいると思います。
 ただ「霊は存在しない」と考えている人も、霊という言葉にあまりいい印象を持っていない人も、仏壇やお墓に手を合わせる時には、何かしらそこに人格的なものをイメージしているはずです。霊という言葉が持つイメージが偏っているため、そうした言葉を使うことに抵抗のある人は多いと思いますが、それでも、〈死んだ後も存在している人格的な何か〉を意.識している人がほとんどだと思います。
 そして日本人は、この〈死んだ後も存在している人格的な何か〉を霊とか魂などと呼んできたのです。日常の中で当たり前のように霊の存在を受け入れてきたということです。

死んだら人はどこへ行く?

 また死んだ後の場所、すなわちあの世ですが、日本人の考える死後の居場所は実に多様です。地域によって、宗派によって、あるいは人によって異なるし、場合によっては同じ人でも、時と場合によって、違った場所をイメージすることがあります。
 教義の上では、死んだ後は浄土に行くという考え方が一般的です。ところが実際には、草葉の陰、海の向こう、山の中だったり、我々が暮らしている近くで見守ってくれているなど、色んな場所が語られています。また、仏壇やお墓にいると考えている人もいます。
 キリスト教のあの世にあたる天国という言葉も、現代の仏教徒は何の疑問も無く使います。もちろん天国という言葉を使っても、キリスト教の天国のことを言っているわけじゃありません。特定のどこかでなく、漠然とした「あの世」のことを天国と言っているのに過ぎません。
 そして亡くなった人は、このうちのどこかひとつではなく、この世からあの世まで、至る所にいると考えるのが日本人なのです。

死者を意識しながら生活するということ

 合理的に考えれば矛盾だらけです。しかし日本の仏教徒はそれに矛盾を感じません。日本仏教における霊というものは、あっちにも、こっちにもいる存在なのです。
仏壇にお参りする時は仏壇にいて、お墓にお参りする時にはお墓にいて、故人を思い出す時には自分の近くに、あるいはどこか遠くにあるあの世にいると考えます。霊はあらゆるところにいるのです。
 人が故人を想う気持ちは理屈ではありません。霊は「いる」と思ったところにいるのです。
 そして私たちは、死者を想う時、必ずあの世で安らかでいて欲しいと祈ります。そして、あの世で私たちを見守ってくれることを祈ります。葬式仏教は、死者と生者が想い合う、優しい関係性を紡ぎ出すのです。
 日本人は、そうした宗教世界の中に生きています。そうした死生観の中に生きているのです。葬式仏教は決して程度の低いものではなく、死者への優しさに満ちた、とても豊かな世界観をもつ宗教です。
 日常で、死者を意識しながら生活する。それが日本の仏教徒の信仰生活の基本なんだと思います。

薄井秀夫

薄井 秀夫(うすい ひでお)
プロフィール
昭和41年、群馬県生まれ。東北大学文学部(宗教学)卒業。
中外日報社等を経て、平成19年に株式会社寺院デザインを設立。
お寺のコンサルティング会社である寺院デザインでは、お寺の運営コンサルティング、運営相談を始め、永代供養墓の運営コンサルティング、お寺のエンディングサポート(生前契約、後見、身元引受等)、お寺のメディアのサポートなどを行っている。
葬式仏教や終活といった視点でお寺を再評価し、これからのお寺のあり方について提言していくため、現代社会と仏教に関心の高い僧侶らとともに「葬式仏教価値向上委員会」を組織して、寺院のあり方について議論を続けている。
また、お寺がおひとり様の弔いを支援する「弔い委任」を支援する日本弔い委任協会の代表も務めている。

  • 更新日時:2022年08月30日|カテゴリー:ブログ
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